久松五勇士!

AKS

2005年10月19日 20:53


昨日は出張で宮古島に行ってきました。宮古島市で2件住宅の設計のお話がありまして今年に入ってから打ち合わせ現況調査等でもう4回目になります。
わたしの祖父と父が宮古島の出身で、現在は沖縄本島に移り住んでいますが、わたしは25年前位に一度行っただけなのに今年に入ってもう4回目。
もう慣れたもので島内では、レンタカーを使いますが、道もだんだん詳しくなり自由自在に動き回っています。昨日は設計の打ち合わせで御施主さんから頂いたお土産が「久松五勇士」! このお土産は祖父もよく買ってきてくれるのでとても馴染みがあります。

明治三十八年五月十五日の事
ロシアのパルチック艦隊が宮古島近海を北進しているのを発見したときの
島司橋口軍六は事の重大なるに驚き各村頭等をただちに召集緊急会議を開いた。
一刻も早くこの事を大本営に報告せねばならない。しかし当時宮古島には電信施設がなく、石垣島の通信局まで急便を出すことになり久松の若い漁夫たちに白羽の矢が立てられた。この決死行に参加した5人。彼等は怒濤渦巻く八〇哩の大海洋をくり船に乗って力漕、二十七日の石垣島に到着「敵艦見ゆ」の打電をなさしめ、その大任を果し日本戦史上にさんぜんと輝いている。

と有名なお話です。わたしはこの話しを初めて聞いたのは、祖父からでした。なので、このお土産を見ると祖父を連想します。
祖父の自慢げな顔と「久松五勇士」のなが〜い説明を・・・。(前里)